日本大学商学部非常勤講師 川村佑紀さんからのメッセージ


勉強してきた人はたくさん居ますが、学んできた人は果たしてどれほど居るでしょう。

遠友夜学校では、皆が学んでいました。そこは、学ぶ「場」でした。

勉強は一人で行うことができますが、学ぶことは一人ではできない、そう実感しました。学ぶことは、こんなに楽しく素晴らしいことだったのかと、胸打たれました。

子どもの頃、ジャムの蓋を開けることができませんでした。兄に頼んでも、幼少の兄の力ではびくともしません。父のところへ持っていくと、金属の蓋を軽くライターで温め、ひょいと開けて渡してくれました。この時、私たち兄妹は、温めたら蓋が開くことを学びました。時を経て、物理の授業で熱伝導率を知ります。またジャムの蓋が開かない時、今度は母のところへ持っていくと、スプーンでコンコンと瓶の底を叩き、ひょいと開けて渡してくれました。後に、叩く振動で蓋と瓶の間に空気が入り開くことを知ります。この経験は、幼い兄妹にとって「学び」だったのだと思います。この学びがないまま習う物理は単なる勉強に過ぎない、そんな気がしました。そして学びを経験してから習う物理は、学びの延長線上にある学びにほかならない、そう感じました。

受験や就活などで、たくさん勉強してきました。その間は、「学び」を忘れていたように思います。そして今、学生の前に立ちながら、私は学びの「場」を創ることができているのかと、自己に問うています。

「新渡戸の夢」によって、羅針盤が与えられました。人生という地図を広げて、皆さんは、どんな方向に進み学びたいでしょうか。羅針盤があれば、より遠く、より安全に進めます。私は、学生の輝く瞳を見たいので、自身が瞳輝かせ学んでいた頃にタイムスリップする航海に出ようと思います。なぜ瞳輝かせていたのか、それを知ることは、学びの「場」を創る第一歩になると信じます。

「新渡戸の夢」は、受け継がれていかなければならない、そう切に思います。

どうもありがとうございました。

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